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上野寛永寺特別拝観 報告

11月3日(2015年)上野の山の文化財めぐり 上野寛永寺特別拝観 の報告
小林規男のツアーメモより

・ 2015年11月3日(火)文化の日   天候:晴れ、暖かく穏やかな日差し

・ 12時半 上野の山(上野恩賜公園内) 西郷隆盛の銅像前にて集合、参加者32名

・ 清水観音堂に向けて出発。京都清水寺の縮小版で、「清水の舞台」からは不忍池(しのばずの池)が見渡せて、池の中に在る弁天島の弁財天を見下ろした。建築家のメンバーから、建物の建築様式のうんちくを聞く。
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・ 上野大仏像跡に行く。地震や火災で何回も損傷を受けながらも再建を繰り返したが、戦争に向けての軍需金属資源として殆ど供出され、現在はパゴダが建立されて顔面部のレリーフを安置している。

・ 徳川家をまつる上野東照宮(重要文化財)に向かいながら、途中、現在は上野動物園内に在る五重塔を眺める。東照宮では、黄金色に輝く社殿の壁等を堪能し、本殿門の前で記念撮影。

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・ 上野公園の中心に位置する大噴水池、かつての寛永寺根本中堂跡で現在の国立博物館前庭を担う広場を通り、戦前唯一の帝国図書館であって後の国会図書館上野支部となった現在は国際子ども図書館であるネオ・ルネサンス調の重厚な建物の横を過ぎて、当日のメイン訪問先である寛永寺に向かった。

・ 東叡山寛永寺は、芝増上寺と共に徳川将軍家の菩提寺であり、皇族が歴代住職を務めて強大な権勢を誇ったが、明治維新へ向かう際の戊辰戦争で壊滅的打撃を受け、多くが消失した。現在の諸堂は移築等によって復興させたりした建物が殆どではある。
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・ 今回は地元在住で寛永寺付属幼稚園出身でもある稲門の芝江氏の尽力で特別拝観が実現し、お坊さんのガイド付きで十五代将軍慶喜が鳥羽伏見の戦いの後に謹慎していた小さな部屋や、徳川家の廟所で十三代・家定と妻の篤姫の仲睦まじい霊廟などを拝観することが出来た。

・ その後、隣接する谷中霊園内の寛永寺直轄飛び地に在る慶喜公の墓も見学したが、居合わせた市井の歴史研究家のような人から「なぜ慶喜が寛永寺境内で埋葬されなかったのか?」というパワーゲームの裏解釈を聞いたりもした。

・ 夜の帳が下り始め、半日行脚でアラカンのメンバーの体力がかなり消耗してきた頃に、いよいよ待ちに待った食事会が「伊豆栄梅川亭」にて催された。同建物の建築設計に携わった荒川稲門会長清水氏のご紹介で、天井と側面がガラス張りの『桜の間』に席を得ることが出来たのである。伊豆栄は上野池之端に於ける鰻の名店であるが、その系列の梅川亭は(明治の元勲岩倉卿の勧めによって開設され)鹿鳴館時代の社交場の一つであった上野精養軒の奥に佇む風情ある建物で、江戸から明治にかけて栄華盛衰の激動の歴史を刻んだ寛永寺を肴にして酔いながら、稲門の仲間との交流を深めたのである。
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 ちなみに、現在の寛永寺住職は慶応閥とのこと、ちと残念ではある 

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